
偉人の名言366命日編〜人生が豊かになる一日一言〜
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2月1日 佐伯旭(実業家、シャープ二代目社長)
真理は平凡な中に在る。一朝一夕にことがなるものではない。一日一日が大事なのだ 佐伯 旭(さえき あきら、1917年(大正6年)3月8日 – 2010年(平成22年)2月1日)は実業家。シャープ二代目社長。中興の祖。 佐伯社長時代のシャープはイノベーションの連続だった。その秘密は日々の地味な技術開発の努力にあった。一日一日を尺取り虫のように、1ミリずつ進んでいったのだ。リーダーの持つ平凡な真理を信奉する姿勢が一介のアッセンブリー(組み立て)工場を世界的メーカーに押し上げたのである。シャープはその後、曖昧なトップ人事に端を発する内紛に伴う経営戦略の失敗によって破綻し、台湾の鴻海(ホンハイ)傘下に入り、現在経営再建中である。企業を永続的にさせることは実に難しい。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月31日 芥川也寸志(作曲家、指揮者)
父(芥川龍之介)が死んだ年齢である三十六歳を越えていく時は、もっとやり切れなかった。毎日のように、畜生!畜生!と心の中で叫んでいた。無論、自分が確立されていないおのれ自身への怒りであった 芥川 也寸志(あくたがわ やすし、1925年7月12日 – 1989年1月31日)は、日本の作曲家、指揮者。JASRAC理事代表作に『交響三章』『交響管弦楽のための音楽』『弦楽のための三楽章』。映画音楽・放送音楽の分野では『八甲田山』『八つ墓村(野村芳太郎監督)』『赤穂浪士のテーマ』など。童謡では『小鳥の歌』『こおろぎ』など。 芥川の音楽界での功績を記念して1990年4月、サントリー音楽財団により「芥川作曲賞」が創設された。父は「芥川賞」、息子は「芥川作曲賞」である。また埼玉県松伏町に、芥川の『エローラ交響曲』から名を取った田園ホール・エローラがある。芥川龍之介記念館はまだないから、父を超えたということも言えるかもしれない。芥川也寸志は才能と努力と明るい性格で自己を見事に確立したのである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月30日 加藤寛(経済学者)
人生は修行の連続とよく言うが、世の中に無駄な仕事はない。どんな仕事もどんな経験でも必ずそこには自分に役立つ勉強が潜んでいる。だから、ただ働きを惜しんではいけない 加藤 寛(かとう ひろし、1926年(大正15年)4月3日 – 2013年(平成25年)1月30日)は、日本の経済学者。政府税制調査会会長、内閣府規制改革担当顧問、嘉悦大学学長、千葉商科大学名誉学長、日本経済政策学会会長・日本計画行政学会会長・ソ連東欧学会代表理事・公共選択学会会長等を歴任。 加藤寛は野田一夫先生の友人で、会話の中でよく登場していたし、政府委員として重要な政策のキーマンだったから、その姿はよく見かけている。 「ただ働きを惜しんではいけない」には賛成だ。苦手な仕事を含め、どんな仕事も自分を高める経験となる。そういう気概や心構えが後のミスター税調・加藤寛を形づくったことは容易に推察できる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月29日 布川角左衛門(編集者、教育家)
今日も亦、生涯の一日である。明日を考えて共に生きよう。そこにそれぞれの人生がある。ゆっくり急げ 布川 角左衛門(ぬのかわ かくざえもん、1901年10月13日 – 1996年1月29日)は新潟県出身の編集者、教育家。普連土学園理事長。日本出版学会会長。 「それぞれの人生は作られるものである。同時に自ら作るものである。ゆっくり急げ」という処世訓は、晩年の筑摩書房再建時には進化して冒頭に掲げるものになった。そして「私にとって終生はあっても余生はない」と自分を励まし生涯現役を貫いた。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月28日 山階芳麿(元皇族、山階鳥類研究所の創設者)
保護の仕事をやる以上、滅ぼさないようにしなければならない 山階 芳麿(やましな よしまろ、1900年(明治33年)7月5日 – 1989年(平成元年)1月28日)は、日本の元皇族。山階鳥類研究所の創設者。第1級ゴールデンアーク勲章受勲。ジャン・デラクール賞受賞。 「保護の仕事をやる以上、滅ぼさないようにしなければならない。文化財保護法の現代的改正であり、私の余生はそのために尽くしたいと思っている」と78歳の芳麿は決意を述べその通りの月日を送った。「鳥」一筋の生涯であった。よく名前を聞く山階鳥類研究所の活躍や、我が国の鳥学研究の発展と鳥類の保護活動に寄与した個人・団体を顕彰する山階芳麿賞の存在で山階芳麿の業績は長く記憶されることになった。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月27日 大原富枝(小説家)
何が寂しいものですか。読みたい本も、考えることもたくさんある。年をとることって、楽しいですよお 大原 富枝(おおはら とみえ、1912年9月28日 – 2000年1月27日)は日本の小説家。 高知県生まれ。高知女子師範在学中に結核にかかり、療養中に文筆活動を始める。1938年に『祝出征』が芥川賞候補になる。29歳、戦後の混乱期に上京し創作に活動を本格的に開始する。 10代後半から20代後半にかけて大病をした大原富枝は、「負の世界」で運命に抗う人間、女性を描いた作品で多くの人々の共感を得た。ソ連をはじめ世界各国で翻訳出版されている代表作『婉という女』では幼時から 40年間の幽閉生活を強いられた婉の生涯をたどりながら絶対的な孤独を描き、悟りの境地に達した婉を描いた。幽閉生活を送った婉と同様に長い療養生活で孤独の闇を知っている大原富枝は、運命に抗う生命力で楽しく、そして逞しく年を重ねたのだろう。大原富枝文学館を訪ずれることにしたい。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月26日 野中広務(政治家)
『運・鈍・根』、つまり、運を得ることと、それを焦らず活かすための不断の努力、そして根性が、人間の進み方として一番必要じゃないかと思っています 野中 廣務(のなか ひろむ、1925年(大正14年)10月20日 – 2018年(平成30年)1月26日 )は、日本の政治家。 「運・鈍・根」という人生訓は、人との縁を大事にし、不断の努力を重ね、不屈の根性で生きぬけというアドバイスだろう。自分を厳しく叩き上げた野中広務の言だけに深く刺さるものがある。合掌。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月25日 三木のり平(俳優、演出家、コメディアン)
演技の勉強は、いつもじっと観察すること。面白い発見がある。それを芸にする。裏の裏を見る。仕掛けはどうなっているんだろうって思わないヤツに進歩はない 三木 のり平(みき のりへい、1924年4月11日 – 1999年1月25日)は、昭和期の俳優、演出家、コメディアン。 「はならっきょ」が記憶に残る桃屋のアニメCMは1958年から1998年まで40年間放送されたから、三木のり平は茶の間の人気者だったが、本質は優れた役者だった。いろいろな場所でじっと人間を観察する。そこで得たヒントを芸にまで練り込んでいく。観察、発見、仕掛け、芸という一連の流れを生涯続けた人である。観察眼、探究心、表現力、こういう姿勢は例えば大実業家・渋沢栄一など進歩を重ねる一流の人物に共通している。仕事師たらんとする職業人は三木のり平に学べ、である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月24日 吉野トヨ子(陸上競技選手)
吉野選手には顔中にひげが生えている 吉野 トヨ子(よしの トヨこ、1920年2月12日 – 2015年1月24日)は、日本の陸上競技選手。ヘルシンキオリンピック・メルボルンオリンピック陸上女子円盤投代表。元円盤投日本記録保持者、五種競技日本記録保持者。 後年、吉野はマスターズ陸上に参加している。1987年の67歳ではW65クラスの円盤投げで日本マスターズ新記録を樹立し、3年後の1990年の70歳ではW70クラスでも新記録を樹立した。昔取った杵柄ではないが、生涯を通じてスポーツの分野で記録を出し続けながら、後輩たちに勇気を与える生き方を貫いた姿は立派である。94歳で逝去。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月23日 戸板康二(演劇・歌舞伎評論家、推理作家、随筆家)
道にはトレーニングがつきもの。道とつく限り、鍛錬を抜きにしては考えられません 戸板 康二(といた やすじ、1915年12月14日 – 1993年1月23日)は日本の演劇・歌舞伎評論家、推理作家、随筆家。直木賞作家。 自分の分野を歩く。それは必ず「道」になる。道には「鍛錬」が必要だ。一千日が鍛であり。一万日が錬であると武蔵が五輪書の中で語っている。鍛えるのに3年、練るのに30年かかる。戸板康二は77年の生涯の50年をかけて172冊の著書を刊行している。その分野は評論・評伝、エッセイ、小説、戯曲、句集、対談、テレビドラマの原作など、実に広い。文人だった。詳しかった歌舞伎、演劇に限らず、人物論にも鍛錬でつくられた道がみえる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月22日 常盤新平(作家、翻訳家、アメリカ文化研究者)
臆病になるな、他人の目や陰口にとらわれず、自分のやりたいことに忠実になろう 常盤 新平(ときわ しんぺい、1931年(昭和6年)3月1日 – 2013年(平成25年)1月22日)は、日本の作家、翻訳家であり、アメリカ文化研究者である。 常盤新平の師匠は5歳年上の直木賞作家・山口瞳であった。サラリーマンの生態や心理をよく知った山口瞳の31年1614回続いた「週刊新潮」の連載『男性自身』を、たまたま読んだのがきっかけで出入りするようになった。山口瞳の13回忌を迎える頃書いた『国立の先生 山口瞳を読もう』には、国立に住む師匠の山口瞳への思いがつまっている。文庫本や全集に書いた解説をまとめたものである。 他人の目、他人の口、つまり世間を気にしずぎることをやめて、自分自身の為すべきことを為そう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月21日 村木良彦(メディアプロデューサー)
仕事の面白さというのは、ジョブデザインだ 村木 良彦(むらき よしひこ、1935年11月15日 – 2008年1月21日)は、日本のメディアプロデューサー。 村木良彦のインタビューで強く印象に残ったのは「ジョブデザイン」という言葉だった。ジョブデザインを自分でやれるか、仕事の面白さはジョブデザインにある、そしてTBSから独立して以降は、自分でジョブデザインをやれるから精神的に違うと語っていた。自分でデザインの権利を獲得していく。自分の仕事のデザイナーになる、そして自分の人生のデザイナーになる、私がそれを強く意識したのはその頃からだった。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月20日 柴田トヨ(詩人)
人にやさしくする。そして、やさしくしてもらったら忘れない。これが百年の人生で学んだことです 柴田 トヨ(しばた トヨ、1911年(明治44年)6月26日 – 2013年(平成25年)1月20日)は、日本の詩人。 「あふれるような気持ちを詩にして、人生の終わりに花を咲かせることができました」。人生の最後に大きな花を咲かせた柴田トヨは、百年の人生で培ったやさしい心を、やさしい言葉で語り多くの人を励ました。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月19日 大鵬幸喜(大相撲力士、第48代横綱)
横綱が物言いのつく相撲を取ったのが悪い 大鵬 幸喜(たいほう こうき、1940年(昭和15年)5月29日 – 2013年(平成25年)1月19日)は、北海道川上郡弟子屈町川湯温泉(出生地は樺太敷香郡敷香町)出身の大相撲力士。第48代横綱。 46連勝で物言いがついて戸田に負けたビデオをみると明らかに戸田の足が先に出ていて、当時は世紀の大誤審といわれた。しかし大鵬はあれでいいとし、「横綱が物言いのつく相撲を取ったのが悪い」とコメントしている。相撲道を信じて歩き、それを具現した横綱であった。相撲は豊作を願って神前で行う祭祀であり、相撲社会の伝統は守らなければならない。現在の揺れる角界も大鵬の相撲道の精神を絶やさずに繁栄を続けることを願う。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月18日 岩見隆夫(ジャーナリスト、政治評論家)
晩年は、毎春、サクラ前線に合わせて、主として徒歩で日本列島を北上、ついで夏祭りをたどりながら南下、各地の銘酒を訪ね歩いた 岩見 隆夫(いわみ たかお、1935年10月6日 – 2014年1月18日)は、日本のジャーナリスト、政治評論家。 テレビ「みのもんたのサタデーずばッと」では毎週出演して政治評論を行う姿はよく見かけたのだが、サクラ前線を徒歩で追いかけながら、各地の銘酒を訪ね歩くという岩見隆夫の理想の旅は私の年来の希望と似ているので親しみを覚感じる。「沖縄八重岳は1月18日に桜祭り。北海道・宗谷岬公園の桜は5月中旬が見頃。ソメイヨシノは九州から北海道まで4月1日から5月中旬過ぎの二か月足らず。紅葉前線を追って北海道から南下する旅はどうか。私なら、温泉、人物記念館、知研、車、SNSとなるだろうか」と私は2014年のブログで記していた。生前に「私の死亡記事」を書いておくのも悪くない。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月17日 小林繁(プロ野球選手、プロ野球コーチ)
人生のバッターボックスに立ったら、見送りの三振だけはするな 小林 繁(こばやし しげる、1952年11月14日 – 2010年1月17日)は、プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ。ノンプロを経て、1972年に巨人に入団。1976年、1977年に連続18勝をあげ最優秀投手となり長島巨人の優勝に貢献。 長い人生では勝負する時が何度かある。それはチャンスと危機が同時にみえる時だ。恐怖に負けて見送るか、乾坤一擲の勇気を出して飛び出すか。天に向かうか、谷底に落ちるかは分からない。それが運命の分かれ目になる。 小林繁から学ぶことは、好球を見送って三振を宣言されるようなことはしないで、「思い切りバットを振れ」である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月16日 秋山庄太郎(写真家)
職業は紛れもなく写真家。趣味もまた写真。道楽なんだから始末におえない 秋山 庄太郎(あきやま しょうたろう、1920年(大正9年)6月8日 – 2003年(平成15年)1月16日)は、日本の写真家。 何かにはまる人にもランクがあると梅棹忠夫が言っている。最初は「通」、次は「好き者」、そして「道楽者」と順番にはまり具合が深くなるという見立てである。「花と女」という美しいものの写真にのめり込んだ秋山庄太郎は、自分でも「始末におえない」といっており、「極道」という地点にまで行き着いたのではないか。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月15日 大島渚(映画監督、タレント、俳優)
情報もいいでしょう。でも、生の体験は強い 大島 渚(おおしま なぎさ、1932年3月31日 – 2013年1月15日)は、日本の映画監督、タレント、俳優。京大法学部時代には著名な政治学者猪木正道に師事した。京都府学連副委員長として活躍。京大助手試験で不合格となった時、猪木正道からは「君に学者は向きませんよ」と諭された。 「人生というのは、どのくらい無我夢中の時間を過ごせるか、で決まると思う」 「きっぱりノーと言うことは、人生を楽にしてくれる方法なんです」 「今やれることを、今やらなかったら、一生やれないということなんだ」。 冒頭に掲げた「情報と体験」もそうだが、大島渚は意外に人生訓がいい。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月14日 和田勉(演出家、映画監督)
同じ役者とはほとんど二度と仕事をしない主義 和田 勉(わだ べん、1930年(昭和5年)6月3日 – 2011年(平成23年)1月14日)は、日本の演出家・映画監督。 ドラマのキャスティングでは一緒に仕事をするのは一回のみというルールを自分に課していた。そのため夏目雅子から抗議を受けている。思うに、狎れることを恐れたのではないか。一作一作、新鮮な気持ちで作品を創っていく真摯な態度がNHKだけでなく、テレビを代表する名演出家を形づくったのだろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月13日 坂田道太(政治家)
むしろ素人の方がよい 坂田 道太(さかた みちた、1916年7月18日 – 2004年1月13日)は、日本の政治家。 1960年代末の大学紛争の渦中に文部大臣となり、前代未聞の1969年の東大入試中止の決断を下した人物である。 混乱した現場の立直しのために、難しい役職、不案内な仕事をすることになったとき、大事なことは公平率直な目で、偏見を持たずに複雑骨折した問題にあたることである。それを坂田は「むしろ素人の方がよい」と表現したのであろう。専門家集団が苦しんでいるとき、細部からではなく、大づかみで実状を把握し、問題解決にあたっていくことも一つの道である。この坂田道太の考えに共感する。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月12日 深作欣二(映画監督、脚本家)
いや、オレは過去を振り返るんではなく、若いヤツとやりたいんだ 深作 欣二 (ふかさく きんじ、1930年〈昭和5年〉7月3日 – 2003年〈平成15年〉1月12日) は、日本の映画監督・脚本家。 最後の作品『バトル・ロワイアルⅡ 鎮魂歌』の企画発表会では「最後の映画としてガンに犯された体の満身創痍で臨む。今回は戦争がテーマ。戦争撮ったことがないので、最後に撮りたい」と覚悟を淡々と語った。「たとえこの闘いで生涯を終えようとも、私には一片の悔いもない」と会場で配った「深作欣二、死後の闘い」というタイトルで、このメッセージがつづられている。その深作が今まで一緒に映画をつくってきた大物俳優たちとやるべきだという息子の監督・健太に言った言葉が冒頭の言葉である。過去の集大成の作品を作るのではなく、未来に向けて新しいテーマで作品を撮ろうという気迫あふれた言葉であり、感銘を受ける。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月11日 淡路恵子(女優)
体から心まで、とにかく自分のことは自分で管理していないと、女優はつとまらないわよね 淡路 恵子(あわじ けいこ、1933年(昭和8年)7月17日 – 2014年(平成26年)1月11日)は、日本の女優。 淡路恵子は自己管理の人だった。自己管理をしっかりすることが大事だ。人に迷惑をかけないこと。舞台中は規則正しい生活を心がけること。出演中は声を使いすぎないように酒を飲みにいかないこと。睡眠は8時間以上とること。役柄からはなかなか想像できないが、実はそういうことを自らに課していた。淡路恵子は仕事師であったのだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月10日 松本重治(ジャーナリスト)
日米関係は日中関係である 松本 重治(まつもと しげはる、1899年(明治32年)10月2日 – 1989年(平成元年)1月10日)は、日本のジャーナリスト。財団法人「国際文化会館」理事長。アメリカ学会の会長。 松本重治が館長を務めていた六本木の国際文化会館。日航時代はこの会館には縁があってよく訪れていたが、ここを舞台に日中・日米関係を中心に国際関係の歴史がつくられていったのだと改めて松本重治らの仕事に敬意を抱いた。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月9日 福井謙一(化学者)
自分のやりたい学問と距離のある学問であればあるほど、後になって創造的な仕事をする上で重要な意味をもってくる 福井 謙一(ふくい けんいち、1918年10月4日 – 1998年1月9日)は、日本の化学者。京都大学・京都工芸繊維大学名誉教授。日本学士院会員、ローマ教皇庁科学アカデミー会員、全米科学アカデミー外国人客員会員。 福井謙一には広い分野に関する旺盛な好奇心があった。学生時代は文学部での田辺元の哲学の講義を聴いた。11歳年長で日本人初のノーベル賞(物理学賞)を得た湯川秀樹が西田幾多郎の哲学講義を聴いたのと同じだ。福井は他分野にも好奇心を持つことが創造に繋がると言っている。そして疲れるということがわからないというほどの体力をもって、29年にわたり長い間執念深く自分のテーマを追い続けたのだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月8日 横澤彪(テレビプロデューサー)
(発想のもとになっているのは)少数派ですよ。絶対多数派にいつかない 横澤 彪(よこざわ たけし、1937年12月15日 – 2011年1月8日)は、日本の元テレビプロデューサー。フジテレビプロデューサーとして活躍。退社後は吉本興業東京本社代表、専務取締役東京本部本部長などを歴任した。 横澤彪という異能の人は、「笑いを通して社会に貢献」しようと考え、テレビ、吉本興業と一貫して「お笑い」に賭けた職業人生を全うしている。この革命児は、常に「少数」の側に立って、新しいスタイルを追求していった。多数の側によるな。横並びを排せ。先人のマネをするな。そして先人の目指したものを目指して革命を起こせ。冒頭の言葉は、新しいことを始めようとする人にとって大いなる激励である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月7日 小西和人(新聞記者、編集者)
釣りに国境なし 小西 和人(こにし かずひと、1927年1月11日 – 2009年1月7日)は日本の新聞記者、編集者。週刊釣りサンデーを創刊して会長。全日本サーフキャスティング連盟第2代会長。 1926年(昭和2年)生まれの釣り界の風雲児、革命児の小西和人は、自宅のソファで眠るように逝去した。享年81。この小西和人の釣り一筋の人生行路とその記録を読むと、歴史を書いた人が歴史をつくるのだ、そういう感慨がある。どのような分野においても歴史を残さねばならない。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月6日 加藤芳郎(漫画家、放送タレント)
ちょっとだけ一生懸命という余裕があると、物の本質や形がわりと見えてくるものだ 加藤 芳郎(かとう よしろう、1925年6月25日 – 2006年1月6日)は、日本の漫画家、放送タレント。 一つのことを長く続ければチャンスに巡り会える。加藤芳郎が漫画家になったのも、タレントとして親しまれたのも、長く続けたからだ。運もツキも長もちの結果として手に入る。人生は何もしないと長すぎるし、しかし何かをしようとすると短すぎるのだが、加藤芳郎は漫画という本職と、それが引き寄せたテレビタレントの二足を履き、心の余裕を持ち続けることができた。「ちょっとだけ一生懸命」の精神で、バランスのとれた80年の人生を送たのだろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月5日 長井勝一(編集者、実業家)
商業誌なのにもうける気はなく、原稿料さえろくに払えない。それでも根っからの漫画好きが集まって、ここまで来た。やめたくてもやめさせてもらえなくてね 長井 勝一(ながい かついち、1921年4月14日 – 1996年1月5日)は、日本の編集者、実業家である。青林堂の創業者であり、漫画雑誌 『月刊漫画ガロ』の初代編集長。 長井勝一が創刊した漫画雑誌『ガロ』は漫画人たちを生んだ優れたインフラだったと思う。後に大家になっていく漫画家たちはそのインフラで思う存分に才能を開花させた。一番偉かったのはそういう漫画雑誌『ガロ』を創刊し維持し続けた長井勝一だったのではないだろうか。やめたくてもやめられなくなってしまったと本人が述懐しているように、インフラによってコンテンツが花開き、コンテンツの隆盛によってインフラの価値がさらに高まっていくという好循環。この構図はいつの時代も変わらない。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月4日 鳥居民(歴史作家、評論家)
なぜ、『昭和二十年』書こうと考えたのか。多くの人々が命を奪われ、多くの人々が自らの命を断った年である。親は子に先立たれ、妻は夫を奪われ、子は親を失い、親と子が死んだ年である。そのような年は他にはない。その年はどういう年だったかを探ろうとした 鳥居 民(とりい たみ、男性、1929年(昭和4年) – 2013年(平成25年)1月4日)は、日本の歴史作家・評論家。 鳥居民は昭和20年の1月1日から7月2日までを書いた。1985年の56歳から、2012年の83歳までという長い時間をかけて「昭和二十年」を執念深く追い続けた。そして2013年1月4日に心筋梗塞で84歳で死去し、この大著はついに未完に終わった。鳥居の戦死ともいうべき人生を眺めると、ライフワークと寿命との関係を考えさせられる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月3日 河原淳(イラストレーター、デザイナー)
ぼくの人生はおおかたのぞきに費やされてきました 河原 淳(かわはら じゅん 1929年11月28日- 2006年1月3日)は、日本のイラストレーター、デザイナー。 河原淳は『雑学人生のすすめ』の「あとがき=執筆顛末記」で、自身をピーピング・トム氏と呼びながら、本、雑誌、新聞、ちらし、DM、テレビ、映画、音楽会、美術展、陳列棚、ウインドー、公衆便所、ときにスカート、他家の窓や洗濯物、、などをのぞきの対象としてきたと述懐している。その習性で雑学が身につき、世の中を渡る武器となり、「中産階級の松クラス」に属すことになったと述べている。好奇心と面白がる精神で、好きなこと、面白そうなことだけに取り組んだ生涯を送った。こういう人生もある。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月2日 金子繁治(プロボクサー、プロモーター)
世界チャンピオンは、奪い取るものではなく、チャンピオンにふさわしい器になった者に神様が与えて下さる栄誉だよ 金子 繁治(かねこ しげじ、1931年8月13日 – 2016年1月2日)は、日本のプロボクサー、プロモーター。 冒頭の言葉は、後にジムの清水智信が2度の世界戦で苦杯をなめた時に、金子が清水に語った励ましの言葉である。その清水は3度目の挑戦でWBAスーパーフライ級チャンピオンになった。不運のボクサー金子繁治は、親子二代をかけて神様からようやく栄誉を与えられたのだ。ボクサーとしても強者だったが、クリスチャンであった金子繁治は指導者としても優れていたと感じさせる言葉である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
1月1日 出羽錦忠雄(大相撲力士)
勇退の 伯父にはなむけ 初賜杯 出羽錦 忠雄(でわにしき ただお、1925年7月15日 – 2005年1月1日)は、東京府南葛飾郡(現:東京都墨田区)出身の元大相撲力士。 私の好きなのは「勇退の 伯父にはなむけ 初優勝」である。日本相撲協会理事長の二子山親方(初代若乃花)が勇退する場所に、可愛がった甥の貴花田(後の横綱貴ノ花)が初優勝した。優勝旗は本来なら審判部長がわたすのだが、協会の粋なはからいで二子山理事長が渡すことになった名場面を詠んだ人情味あふれる名句である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月31日 林芙美子(小説家)
花の命は短くて苦しきことのみ多かりき 林 芙美子(はやし ふみこ、1903年(明治36年)12月31日 – 1951年(昭和26年)6月28日)は、日本の小説家。 林芙美子は仕事を断らない働きぶりだった。それが47歳で寿命を尽きさせた。まさに自身が書いた代表作『放浪記』にあるように「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき 」であった。芙美子の短い生涯が二重写しとなって切なくなる想いがする。林芙美子は、新聞、雑誌の連載、や短編小説以外にも、随筆、紀行文の執筆、座談会、講演など仕事が多かった仕事を断ることを知らない働きぶりだった。このことが芙美子の寿命を尽きさせていったのである。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月31日 寺田寅彦(物理学者、随筆家、俳人)
興味があるからやるというよりは、やるから興味ができる場合がどうも多いようである 寺田 寅彦(てらだ とらひこ、1878年(明治11年)11月28日 – 1935年(昭和10年)12月31日)は、戦前の日本の物理学者、随筆家、俳人。高知県出身。東京帝大物理学科を出て東京帝大教授になる。物理学者でもあったが、漱石門下でもあり随筆家、俳人としても著名な人物。 漱石の愛弟子・寺田寅彦は、日本科学史上に輝く科学者であり、同時に俳人でもあった。やっているうちに興味がでてくる、は納得できる言葉だ。考えすぎないで、見る前に跳ぼう。 【お知らせ】 この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。 『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月30日 小杉放庵(洋画家)
東洋にとって古いものは、西洋や世界にとっては新しい 小杉 放庵(こすぎ ほうあん、1881年(明治14年)12月30日 – 1964年(昭和39年)4月16日)は明治・大正・昭和時代の洋画家。 時間的に古いものは現代に於いては新しい感覚にあふれている、ということがよくある。異質の空間の接触においては、古いものを新しいと感じることがよくある。相手の文化にないものは自分たちには古くても相手に変化を与えてくれる。時間の流れと空間の広がりの中で、対象と筆法を変化させていく、それが芸術の醍醐味だろう。芸術は進化しない、ただ変化するだけだ。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月30日 木下恵介(映画監督、脚本家)
歴史を越えて、今日まで流れる日本人の民族性、私達日本人に共通する、生命のふるさとを描き出したい 木下 惠介(きのした けいすけ、新字体:恵介、1912年12月5日 – 1998年12月30日)は、日本の映画監督、脚本家。本名は同じ(旧名:正吉)。 人間、日本人、庶民を見つめた木下恵介監督の映画作品には普遍性が宿っている。あるテーマで職業人生を貫くことは深い境地に達することであり、何よりも美しい。 【お知らせ】 この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。 『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月29日 グラッドストン(政治家)
いつまでも若くありたいと思うなら、青年の心をもって心としなければならない ウィリアム・ユワート・グラッドストン(英語: William Ewart Gladstone [ˈwɪljəm ˈjuːwɑːt ˈglæd.stən], FRS, FSS、1809年12月29日 – 1898年5月19日)は、イギリスの政治家。 グラッドストンの初組閣は58歳であり、第四次内閣の最後は85歳だった。晩年の写真をみると、鷹のような鋭い目でこちらを睨んでいる表情が印象的だ。本人の言うようにグランドストンは青年の心を持ち続けていたのだろうと、納得する。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月29日 南方熊楠(博物学者、生物学者、民俗学者)
すべての現象が関連しあっている 南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日(慶応3年4月15日) – 1941年(昭和16年)12月29日)は、日本の博物学者、生物学者(特に菌類学)、民俗学者。主著「十二支考」「南方随筆」など。投稿論文や書簡が主な執筆対象であったため、平凡社編集による全集が刊行された。英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、スペイン語に長けていた他、漢文の読解力も高く、古今東西の文献を渉猟した。「歩く百科事典」と呼ばれ、熊楠の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。 近代科学は一つの原因は一つの結果を生むという考え方だが、熊楠は「因果関係は複雑に関連しあっているために、どのような場所にいてもすべての現象と何らかの関係を持つことになる」と述べていて、「今日の科学、因果は分かるが(もしくは分かるべき見込みがあるか)、縁が分からぬ。この縁を研究するのがわれわれの任なり」。 関係性が世界を作り上げている。すべてが関連しあっている。それを縁というのではないか。 【お知らせ】 この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。 『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月28日 石原裕次郎(俳優、歌手)
美しき者に微笑を 淋しき者に優しさを 逞しき者に更に力を 全ての友に思い出を 愛する者に永遠を 心の夢醒める事無く 石原 裕次郎(いしはら ゆうじろう、1934年(昭和9年)12月28日 – 1987年(昭和62年)7月17日)は、日本を代表する俳優、歌手。 冒頭の言葉は、墓碑に夫人(北原三枝)の直筆で刻まれている言葉である。自身の存在と仕事で、微笑と優しさと力と想い出と永遠という素晴らしい影響を与えた裕次郎は、俳優業については、しばしば「男子一生の仕事にあらず」と語っていたというが、俳優をはるかに越える「裕次郎」という国民的存在になったのである。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月28日 横溝正史(小説家、推理作家)
謎の骨格に論理の肉付けをして浪漫の衣を着せましょう 横溝 正史(よこみぞ せいし、1902年(明治35年)5月24日 – 1981年(昭和56年)12月28日)は、日本の小説家、推理作家である。金田一耕助を探偵役とする77作品を数える一連の探偵小説で有名。23歳で江戸川乱歩に出会う。これが横溝の生涯を決める。江戸川乱歩は人生の師だった。 の言葉は、山梨の横溝正史館で見つけた。推理小説とは何かを、この言葉ほど見事に言い表した言葉はないように思う。謎と論理と浪漫、そして骨と肉と衣。これを組み合わせた推理小説創作の比喩が素晴らしい。 【お知らせ】 この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。 『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月27日 松平定信(大名、老中)
いや、こういう時こそ、人心を一新する絶好の機会だ。不幸をかえって幸いとすべきだ 松平 定信(まつだいら さだのぶ、宝暦8年12月27日(1759年1月25日)-文政12年5月13日(1829年6月14日))は、江戸時代中期の大名、老中。陸奥白河藩第3代藩主。定綱系久松松平家第9代当主。江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗の孫に当たる。 白河藩主となった夏の浅間山の噴火による降灰、利根川の洪水、冷夏などによる、凶作で餓死者があふれた状況で、家臣が悪い時期に家督を相続されましたなと言ったときに、定信はかぶりをふって冒頭の言葉を吐いた。そして率先垂範して質素倹約につとめ、また人口増加策などを実施し大きな成果をあげている。環境、状況が悪いときこそは、改革のチャンスなのだ。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月27日 椋鳩十(小説家、児童文学作家)
人間は、一人ひとり、みんなすばらしい力を持っている。その力を出すために勉強しているんだよ 椋 鳩十(むく はとじゅう、1905年1月22日 – 1987年12月27日)は、日本の小説家、児童文学作家、鹿児島県立図書館長。 なぜ勉強をするのか。この問いに答えるのはなかなか難しい。児童文学に生涯を捧げ、子どもたちと触れあっていた椋鳩十の冒頭の言葉は、やさしいいが説得力を持っている。 【お知らせ】 この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。 『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月26日 五代友厚(武士(薩摩藩士、実業家)
仕事は命がけや。死んでも仕事は残る。そういう仕事をせなあかん 五代 友厚(ごだい ともあつ。天保6年12月26日(1836年2月12日-1885年9月25日)は、江戸時代末期から明治時代中期にかけての日本の武士(薩摩藩士)、実業家。 「地位か名誉か金か、いや、大切なのは目的だ」という五代友厚は、死んでも残る仕事として、大阪経済の近代化という大きな目的に立ち向かった。「死んでも五代の築いた大阪は残る」と語り、実際に歴史に名を刻んでいる。後に残る仕事をしようとしているか、そして自分に負けずに達成したか、それが問題なのだ。五代友厚の生き方と残した言葉には、強く迫ってくるものがある。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月26日 白洲正子(随筆家)
今は命を大切にすることより、酒でも遊びでも恋愛でもよい、命がけで何かを実行してみることだ。そのときはじめて命の尊さと、この世のはかなさを実感するだろう 白洲 正子(しらす まさこ、1910年(明治43年)1月7日 – 1998年(平成10年)12月26日)は随筆家。 命をかけて、命を燃焼させて、何ごとかを為せ。そのとき初めて命の尊さ、そしてはかなさがわかる、という。晩年に近づくほどいい仕事をした白洲正子のこのメッセージは重く響く。 【お知らせ】 この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。 『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月25日 白隠慧鶴(禅僧)
煩悩即菩提 白隠 慧鶴(はくいん えかく、貞享2年12月25日(1686年1月19日) – 明和5年12月11日(1769年1月18日))は、臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧である。 子どもの頃に聴かされた地獄の責め苦が恐ろしくこれを避けるために出家を決心し、大悟するまで、白隠は悩み、苦しむ、増上し、慢心する。その折々に励ました、また戒めた言葉がある。それが道中の工夫は静中に勝ること百千億倍であるという意味の「道中工夫」と、「煩悩即菩提」である。この意味は「大きな迷いがあれば、大きな悟りがある。問題のないところに答えはない」である。迷いのない人生は悟りのない人生だ。できるだけ大きく迷え。大きな迷いが大きな悟りを得た白隠をつくったのだ。気を楽にして大いに迷おうではないか。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月25日 チャプリン(映画俳優、映画監督、コメディアン、脚本家、映画プロデューサー、作曲家)
次の作品です チャップリン(1889年4月16日 – 1977年12月25日)は、イギリス出身の映画俳優、映画監督、コメディアン、脚本家、映画プロデューサー、作曲家である。左利き。世界の喜劇王。 「あなたの最高の傑作は?」という問いにチャプリンは「次の作品です」と答えた。常に次の仕事を自身の最高にしようとしていた。この心がけは見習いたい。実績を積むと、心が緩んで仕事が雑になる人が多いが、この人は手を抜かず、今まで身につけた経験と知恵を総動員して、最高のパフォーマンスをあげようとした。これが「世界の」という形容詞をつけられるほどの偉大さの源がある。 【お知らせ】 この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。 『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月24日 鈴木貫太郎(海軍軍人、政治家)
永遠の平和、永遠の平和 鈴木 貫太郎(すずき かんたろう、慶応3年12月24日(1868年1月18日) – 昭和23年(1948年)4月17日)は、日本の海軍軍人、政治家。 死の直前には「永遠の平和、永遠の平和」と非常にはっきりした声で二度繰り返したという。関宿町の実相寺に葬られた遺灰の中には二・二六事件の時に受けた弾丸が混ざっていた。総理退任後に住んだ千葉県野田市の質素な家が記念館になっている。そこで永遠の平和のために尽力した鈴木貫太郎を偲びたい。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月24日 加藤唐九郎(陶芸家、陶磁史研究家)
大家といわれる人たちは、年取るほど作品が若くなってくる。ゲーテ然り、トルストイ然り 加藤 唐九郎(かとう とうくろう、1897年(明治30)7月19日(※戸籍上は1898年(明治31)1月17日) – 1985年(昭和60)12月24日)は陶芸家、また陶磁史研究家。 あらゆる分野の大家たちは、年をとる、というよりも「年輪」を重ねるという姿で晩年を過ごしているのだ。自身を日々革新し、芸術革命を担っているという意識なのであろう。加藤唐九郎の日記はもう出ただろうか。読みたいたいものだ。 【お知らせ】 この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。 『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
12月23日 森戸辰男(学者、社会思想家、教育者)
何といっても教育の中心は教師です。いかによい制度ができても、いくらよい指導精神が紙の上ででき上がりましても、いくらよいカリキュラムや教育方法が考案されましても、よい教師がいなければよい教育は行えません 森戸 辰男(もりと たつお、1888年(明治21年)12月23日 – 1984年(昭和59年)5月28日)は、日本の学者、社会思想家、教育者(初代広島大学学長)、政治家(文部大臣)。 その森戸の教育論の中心は「よい教師」を創り出すことだった。制度、カリキュラム、教育方法などのインフラも重要だが、やはり教育は現場の教師の教育力に依るところがもっとも大きい。いかにして「よい教師」になるかは、教育現場にいる者の最大のテーマだ。 【お知らせ】 ビジネスパーソンのための音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』はこちらから! https://meigen.koelab.net/ 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
第50回 トルストイ(音声講座『ビジネスに活かす偉人の名言』)
★音声講座 受付中★ 「最上の幸福は、一年の終わりにおいて、年頭における自己よりも、よりよくなったと感ずることである」 『ビジネスに活かす偉人』第50回は、小説家、思想家のトルストイです。 ビジネスパーソンにとってとても勉強になる講座です。 詳細は下記のページを御覧ください。 https://meigen.koelab.net/ 本編でお会いできるのを楽しみにしています。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB