
偉人の名言366命日編〜人生が豊かになる一日一言〜
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5月11日 亀倉雄策(グラフィックデザイナー)
人生のなかだるみの第一波は40代後半。問題の第二波は50代半ばにくる 亀倉 雄策(かめくら ゆうさく、1915年4月6日 – 1997年5月11日)は、日本のグラフィックデザイナー。 文化功労者に選ばれた時期に書いた著書『直言飛行』では、人生を考えるようになる「中だるみ」の第一波は40代の後半にやってくるという専門の医者の説を紹介している。問題の第二波は50代半ば頃にくるという。この説に当てはめると、40代後半で私は大学への転身で中だるみの第一波を乗り切ったということになる。また50代半ばから新しいテーマである「人物記念館の旅」に熱中していったのも説明できそうだ。70代半ばに書いた亀倉雄策のこの説には納得する。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月10日 難波康子(登山家)
やはりエヴェレストは大変である。登った人はどんな形にせよ尊敬する 難波 康子(なんば やすこ、1949年2月7日 – 1996年5月10日)は日本の登山家。 難波は国際宅配のフェデラル・エクスプレスの人事部に所属するOLだったから苦労も多かった。遺品となったノートに女性がヒマラヤに挑戦する困難さを以下のように記している。働いていなければ資金が難しい。働いているとバケーションの問題。周りの理解。男性隊にまじった場合には登らせてやるという感じ。結婚・出産・子供の問題。、、。冒頭の言葉のように難題をクリアーした女性登山家を尊敬したのだ。女性登山家の抱える難題の山はエベレストよりも高かったかもしれないことを想像させる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月9日 安藤太郎(実業家)
経営の一番のキーポイントは情報処理。情報が不的確だと明確な企業ポリシーはできてこない 安藤太郎(あんどう たろう、1910年(明治43年)1月3日 – 2010年5月9日)は、宮城県出身の実業家。 安藤の積極経営の資源は「情報」だった。確度の高い情報を入手し、吟味し、明確なポリシーをつくりあげて、組織と集団に方向感を与えて戦いに勝利する。それは都銀懇話会でライバル銀行の俊秀との切磋琢磨で磨き上げ身につけたやり方だったのであろう。安藤太郎は、98歳で健康を害する2008年まで住友不動産の相談役として過ごしている。自宅で、老衰で亡くなったのは、100歳だった。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月8日 テレサ・テン(歌手)
わたしはチャイニーズです。世界のどこで生活していてもわたしはチャイニーズです テレサ・テン(1953年1月29日 – 1995年5月8日、中華圏で使用された名前は鄧麗君〈デン・リージュン〉)は、台湾出身の歌手。 中国本土以外の国に住んでいる中国籍も持つ華僑や、移民である華人たちは、中国人(チャイニーズ)としての誇りを強く持っており、政治体制の違う自身の経済活動を営む国に貢献しながら中国本土の動向を見守っている。そういう複雑な彼らの心理と意識がテレサ・テンの冒頭の発言によく現れている。「私は自由でいたい。そして、全ての人たちも自由であるべきだと思っています」と言うテレサ・テンは作家の三浦しをんが言うように「才能と知性と感受性にあふれた」女性であった。2000年には中国のGDPは日本の4分の一だった。没後、20数年経った今、日本の3倍の経済力を持つようになりつつある中国の躍進と政治体制をテレサ・テンはどのように見るだろうか。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月7日 安宅英一(総合商社安宅産業の会長、芸術のパトロン)
人でも、ものでも、結局のところは品ですね。品格が大切です 安宅 英一(あたか えいいち、1901年1月1日 – 1994年5月7日)はかつての総合商社安宅産業の会長で、同時に芸術のパトロンである。 もの自身をして語らしむことを念じていた安宅英一は文章をほとんど残さなかったが、言葉は残っている。「ものは、三顧の礼をもって迎えるべし」。「人にお辞儀しているわけではなく、その後ろにものが見えるのですよ。 ものに向かってはいくらお辞儀してもし過ぎることはありません」。冒頭に掲げた「人でも、ものでも、結局のところは品ですね。品格が大切です」という名言は、手触りの肌合いが心地よい品のある質感と、格の高いひびきの調子が大事なのだという考えだろう。ものは人である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月6日 松下圭一(政治学者)
歴史の変化のなかに現実の構造変化をみ、また現実の構造変化を推し進めて歴史の変化をつくりだす 松下 圭一(まつした けいいち、1929年8月19日 – 2015年5月6日)は、日本の政治学者。 松下圭一の方法は「歴史の変化のなかに現実の構造変化をみ、また現実の構造変化を推し進めて歴史の変化をつくりだす」であり、市民起点の自治体改革から始まる市民型構造改革」が立ち位置である。そのためには、価値合意を求めるための「構想力」の訓練が必要であるとする。思想−構想−現場−改革−思想という思考循環は、「現場」を熟知した理論形成であり、深い説得力と広い影響力があり、自治体職員など実務家にもファンが多かった。その松下は、最晩年には日本沈没を予感し、市民社会構築への課題を提起して逝った。現今の社会を眺めると、その課題は的確であると改めて感じ、身が引き締まる思いがする。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月5日 古川薫(小説家)
樹液の環流を聴く樵のようでありたい 古川 薫(ふるかわ かおる、1925年6月5日 – 2018年5月5日)は、日本の小説家。 初めて直木賞候補となった40歳から、候補は数年おきに10回に及び、25年越しの65歳でようやく宿願を果たし、その後も作品を書き続けた。「樹液の環流を聴く樵のようでありたい」は絶筆の中にある郷土作家・古川薫の「志」である。長州・山口という大木の中の樹液のごとき人々とその環流である歴史を樵のように耳を澄まして聴き続け、上等の椎茸のような作品を上梓し続けたこの遅咲きの継続の人に学ぶべきことは多い。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月4日 長洲一二(政治家、経済学者)
できるだけ、本物に接しておきたい 長洲 一二(ながす かずじ、1919年7月28日 – 1999年5月4日)は、日本の政治家、経済学者。 忙中の小閑を得たら大切な本質的なものごとに触れておきたいという気持ちが起こる。宗教に惹かれる長洲一二は「考える知事」を目指し、本物、本質を追ったからこそ、20年という長い歳月を走り得たのであろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月3日 長田弘(詩人、児童文学作家、文芸評論家)
自分たちの目の前にあるもの 平凡なものが一番 本当は奇跡じゃないかと思われてならないですね 長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 – 2015年5月3日)は、日本の詩人、児童文学作家、文芸評論家、翻訳家、随筆家。 長田によれば、人はそれぞれ海、山、川という風景を背負いながら前進するが、いつしかその風景を忘れてしまう。しかし、自然と共生している眼の前の日常こそ奇跡なのだ。長田弘という詩人は、「後の人々の目印になるものを」を書こうと志した。それが人々の心を打つ詩として残った。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月2日 槇有恒(登山家)
頂点に立つ人々の光栄は大きいが、その光栄はすべての仲間のものである 槇 有恒(まき ゆうこう、「ありつね」とも、1894年(明治27年)2月5日 – 1989年(平成元年)5月2日)は、宮城県仙台市出身の日本の登山家。文化功労者、仙台市名誉市民。 岩波新書『私の山旅』には「頂点に立つ人々の光栄は大きいが、その光栄はすべての仲間のものである」という言葉がある。マナスルという巨峰の征服という大プロジェクトは隊員12名、シェルパ20名、ポーター400名などで構成するチームが大きなピラミッドを築き上げるようなものであり、最終的に誰が頂上に立ったかは大きな問題ではないということだ。山行のリーダーの至言であるのだが、大小にかかわらず、プロジェクトとはそういうものである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
5月1日 戸川幸夫(小説家、児童文学作家)
犬にも人間と同じように心があるんだよ 戸川 幸夫(とがわ ゆきお、1912年4月15日 – 2004年5月1日)は、日本の小説家、児童文学作家。 日本犬復活運動を展開した斎藤弘吉日本動物愛護協会初代理事長は、渋谷の秋田犬ハチ公に惚れ込み資料を収集し、朝日の記者が「主人の帰りを待つ老犬ものがたり」として報道した。一番びっくりしたのが渋谷駅の駅長以下駅員だった。このハチ公と戸川は交流があったと戸川の自伝的小説『猛犬 忠犬 ただの犬』にある。この本を読みながら、中野孝次『ハラスのいた日々』という愛犬との日々を書いた傑作を思い出した。犬にも感情、意志、知識、思いやり、情など精神作用としての「心」は確かにある。私も少年時代、そして最近までチョコラという名の犬を飼っていたから、動物文学というカテゴリーがあることに納得する。誰もなし得なかった新世界を切り拓いたのが戸川幸夫だった。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月30日 竹内宏(経済学者、評論家、キャスター)
30才代までは議論しなさい。40才代には議論を聞いてあげなさい。50才代になったら議論に負けてあげなさい 竹内 宏(たけうち ひろし。1930年9月13日 – 2016年4月30日)は、日本の経済学者(日本経済・中東アジア経済)、評論家、キャスター。 サラリーマンとしても高い地位に昇った竹内宏は、人事の機微にも通じていたように思う。年配になったら、役職についたら、「議論に負けてあげなさい」というアドバイスは時折、頭をかすめることがある。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月29日 牧伸二(ウクレレ漫談家)
漫談芸は格闘技である 牧 伸二(まき しんじ、本名:大井 守常〈おおい もりつね〉、1934年9月26日 – 2013年4月29日)は、日本のウクレレ漫談家。色モノ芸人の集まりである東京演芸協会の会長。 時事ネタを取り入れて漫談を行うには時代の流れに敏感でなければウケナイ。また政治や宗教の風刺、下ネタ、その土地土地に存在するタブーなどはやらない。自分の足で街を歩き、見て、聞いて、観じた「いま」をネタにしなければ、お客さんが笑うような面白いものは出来上がらない。これが牧伸二のポリシーだった。優れた芸人は「時代」を表現し、今を生きる人々の心に共感のさざ波を起こし、笑いをとる。牧伸は油断できない、隙を見せられない、真剣勝負の格闘技の世界を生き抜いた人だったのだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月28日 粟津潔(グラフィックデザイナー)
与えられたテーマに自分なりの『見い出し方』を持ち込むことができたら、デザインはデザインを超えていく 粟津 潔(あわづ きよし、1929年2月19日 – 2009年4月28日)は日本のグラフィックデザイナー。 自分の舞台を創るところから始める起業家は、いわばアーティストである。相手が用意したテーマを予算や時間の制約の中で解答を出すビジネスマンは、いわばデザイナーである。設計者である。デザインの過程で自分という個性を表現できるようになったら、デザインはデザインを超えていく。そして分野を自在に越境していけるようになる。粟津潔のようなデザイナーを志したいものである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月27日 大社義規(実業家、日本ハム創業社長)
ツキが落ちても悲観するな 大社 義規(おおこそ よしのり、1915年2月1日 – 2005年4月27日)は、日本の実業家。日本ハム創業社長。 ツキが落ちても悲観する必要はない。なぜなら、そうした局面で何をしたか、どう対応したかによって、その後の展開が大きく変わるからだ。「じっと辛抱して持ちこたえていれば、不思議と運は開けてくるものなんです」と大社義規は語っている。不況、不遇、不運は、次の展開のへむけての準備期間と考えよう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月26日 大山倍達(武道家(極真空手)、極真会館館長)
この地上において、自分より強い人間が存在することを絶対に許さない 大山 倍達(おおやま ますたつ、1923年7月27日(大正12年6月4日) – 1994年(平成6年)4月26日)は、朝鮮半島出身の武道家(極真空手)。国際空手道連盟総裁・極真会館館長。段位は十段。 大山の座右の銘11ヵ条の中には「武の道において真の極意は体験にあり」がある。ここから極真会の名をつけたのだろう。また「武の道においては点を起とし、円を終とす 線はこれに付随するものなり」も面白い。また同じ武闘家として大山は宮本武蔵を尊敬していた。「武の道においては千日を初心とし 万日の稽古をもって極となす」は武蔵の『五輪書』の名言「千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす」をなぞったものだ。大山倍達は「格闘技の中では空手が一番強く、空手の中では極真が一番強い」と、極真最強論を公言していた。自分より強い人間の存在は許さないという気迫は鍛え抜かれたこの自信からきていることがわかる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月25日 尾崎豊(歌手、作詞家、作曲家、編曲家、詩人、実業家)
僕はお金のためにロックンロールをやっているんじゃない。僕は僕の歌を聴いてくれて希望を持ってもらえるために歌うんです。僕は傷ついた人たちのために歌いたい 尾崎 豊(おざき ゆたか、1965年11月29日- 1992年4月25日)は、日本の歌手、作詞家、作曲家、編曲家、詩人、実業家。 「どんな困難にも負けないで いつまでも夢を捨てないで 君たちへ僕からの精一杯の愛情をこめていつまでも歌い続けることを約束します」という尾崎豊の歌は、傷つきやすい若者へ向けての「夢と希望」を捨てるなという応援メッセージだった。「自由っていったいなんだい 自由になりたくないかい みんなは思う様にいきてるかい」、、、。この人の歌は時代を越えて若者たちに共感の小波を起こし、その心に深く響き続けるだろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月24日 小島勝平(実業家、小島電機創設者)
鼻は低く、志は高く 小島 勝平(こじま かつへい。1936年1月28日−2007年4月24日。栃木県生まれ、1954年栃木県立宇都宮商業高校卒業後、実家の雑貨店を手伝う。1963年小島電機(コジマ)設立。「安さに勝るサービスはない」という経営信条を貫く。 「鼻は低く、志は高く」という人柄の滲み出たユーモアあふれる言葉をよく使っていたように、小島勝平は明るさと熱情をもって「安値日本一」という単純峻烈で強靭な経営理念で生涯を戦い抜き一代で売上げ「日本一」となったのだが、その後ライバルに敗退していく。カリスマ創業者が奮闘し急成長した企業のトップ交代の難しさと、創業経営者の悲哀を感じる人生のストーリーである。社長を退いた60代後半から亡くなるまでの心境はどのようなものだったのだろうか。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月23日 第二十二代目 木村庄之助(大相撲の立行司)
行司も力士も親方衆も、昔からの相撲の型、行司の型を後世に伝えるよう努力し、協会はそれができるような体制をつくるようがん張ってもらいたいものだ 第22代木村 庄之助(きむら しょうのすけ、1890年3月1日 – 1994年4月23日 )は、大相撲の立行司。 「行司は力士に相撲を取らせるのだという心意気、意気込み」を持っていた第22代木村庄之助の目は厳しく、それぞれが「型」を伝えることを期待し、協会はそれを支援せよという。国際化し、問題山積みの現在の相撲界を庄之助はどう見るだろうか。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月22日 斎藤英四郎(実業家、新日本製鐵元社長、経団連第6代会長)
明るさを求めて暗さを見ず。今日失敗しても明日に明るさを求める。人の欠点より長所を見る。その方が人生楽しいじゃないですか 斎藤 英四郎(さいとう えいしろう、1911年11月22日 – 2002年4月22日)は、日本の実業家。新日本製鐵(新日鉄、現・新日鐵住金)の元社長。経済団体連合会(経団連)第6代会長。 斎藤英四郎は生来のネアカな性格に加えて、明るさを持ち続けようと意識して人格を創りあげたのである。仕事が人をつくり、地位が人をつくる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月21日 多田富雄(免疫学者、文筆家)
君と一緒にこれから経験する世界は、二人にとって好奇心に満ちた冒険の世界なのだ 多田 富雄(ただ とみお、1934年3月31日 – 2010年4月21日)は、日本の免疫学者、文筆家。 千葉大教授、東大教授として、免疫学に貢献。野口英世記念医学賞、朝日賞を受賞。文化功労者。 脳梗塞になって生まれ変わったと確信した多田富雄は、リハビリによって歩ける日が来ることと、初めてのパソコン操作による文章を書いて社会に参加できるという「希望」を持った。その苦難の道行きは、新たな冒険と探検の世界だった。冒険を試み、未知の世界を感じ、調べ、報告する。再生した多田富雄は探検者として、その後数年を生き切り、健常者にも病者にも、大いなる勇気と優れた啓示を与えたのである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月20日 竹内均(地球物理学者)
前進あるのみ 竹内 均(たけうち ひとし、1920年7月2日 – 2004年4月20日)は、日本の地球物理学者。 私もビジネスマン時代には竹内均の書いた「修身」型の本の愛読者だった。それを読み返してみると、過去に読んだ本のエキスを縦横に用いていることがわ改めてわかった。ひたすら前進し、ひたすら蓄積していく、そしてそれを様々なメディアを通じて発表し、世の中に影響を与え続けていった人である。「前進と蓄積」がこの人のライフスタイルであった。知的鍛錬を継続することによって人生を最高に生きることができることを教えてくれた。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月19日 高橋節郎(漆芸家)
絵心、詩心、遊び心が芸術家の三大要素である 髙橋 節郎(たかはし せつろう、新字体:高橋 節郎、旧字体:高橋 節郞、1914年(大正3年)9月14日 – 2007年(平成19年)4月19日)は、日本の漆芸家である。 絵心、詩心、に加えて、遊び心を芸術家に必要な要素とあげている。体や頭だけでなく、人間だけが持つ心を満足させる遊びを挙げているのはさすがである。芸術という至高の分野は遊びと密接な関係がありそうだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月18日 来栖継(翻訳家、チェコ文学者、日中友好文通の会会長)
重訳が必ずしも直接訳に劣らない 栗栖 継(くりす けい、男性、1910年7月18日 – 2009年4月18日)は、翻訳家、チェコ文学者、共産主義者、エスペランティスト、日本エスペラント学会顧問、世界エスペラント協会名誉会員、日中友好文通の会会長。 翻訳は原本の良さがだんだん薄れるだろうと思うのだが、語学の才能に加えて、志の高い翻訳者を得れば、直接翻訳を上回る出来になることもある。来栖継の第一次翻訳が優れていて、スロバキア語への転訳もすばらしかった。小林多喜二から来栖継、そしてスロバキアのジャーナリストというように松明が引き継がれたのである。奇蹟の物語がここにある。享年98。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月17日 山田智彦(小説家)
先に何かがあるという思いは、単調な生活のはげみになる 山田 智彦(やまだ ともひこ、1936年3月23日 – 2001年4月17日)は、日本の小説家。 神奈川県生まれ。1958年、早稲田大学文学部独文科卒業。同大学院文学研究科独文科修士課程修了。 何かはわからないが、先に何かがあると思っていると、忍耐力と抑制力を養うことができる。ずっと先を見つめていると、目の前の問題は相対化される。職場でのマンネリ、人間関係の板挟みを乗り越えていくには、二足の草鞋生活は大いに役に立つのだ。先輩・山田智彦の人生の軌跡は、このことを教えてくれる。この何かとは「希望」ではないだろうか。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月16日 村田昭治(マーケティング論のリーダー)
経営力の差は、経営能力というよりも経営姿勢から生まれる 村田 昭治(むらた しょうじ、1932年11月19日 – 2015年4月16日)は、日本のマーケティング論のリーダー。 冒頭の「経営力の差は、経営能力というよりも経営姿勢から生まれる」の「経営」という言葉をはずしてみよう。「力の差は、能力というよりも姿勢から生まれる」になる。前向きで、勢いのある姿を続けられれば、どの分野でもいずれ無敵のリーダーになる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月15日 三重野康(第26代日本銀行総裁)
五十歩と百歩は違う 三重野 康(みえの やすし、1924年(大正13年)3月17日 – 2012年(平成24年)4月15日)は、第26代日本銀行総裁。 「五十歩、百歩」は、どちらも同じようなものだという意味で使われる。しかし三重野康は仕事の場面では、この二つは差があるという。退くときには、五十歩なら踏みとどまって橋頭堡となり、それが次の踏み台になって前進できると考えている。長い目で前に進むことを考えながらしぶとく仕事をしていた姿を彷彿とさせる言葉である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月14日 三國連太郎(俳優)
自分の器量に過不足のない物選び、それができれば一人前 三國 連太郎(みくに れんたろう、1923年(大正12年)1月20日 – 2013年(平成25年)4月14日)は、日本の俳優。 世田谷・砧にある自宅の2階の書斎は10畳ほどの空間とそれに続くテラスがあった。そこには自身の眼で確かめた眼鏡、鞄、万年筆などの愛用品が並んでいた。自分の器量にふさわしい物選びをしていたのである。この趣味人が生前に大人のための上質な素材と細部までこだわった作りで定評のある「パパス」のモデルになったのを覚えている。それは優れた人選だったのだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月13日 江頭匡一(実業家)
目標を作り、計画を立て、それを確実に実行するときは間違いなく目標に到達する 江頭 匡一(えがしら きょういち、1923年〈大正12年〉3月25日 – 2005年〈平成17年〉4月13日)は、日本の実業家。ファミリーレストランの草分け的存在である外食チェーン店・ロイヤルホストなどを展開する、福岡に本社を置くロイヤルホールディングス株式会社の創業者。 冒頭の「目標、計画、実行」は、当たり前のようではあるが、相当の気概をもって事に当たらなければ達成はできるものではない。「実行」の前に「確実な」という言葉が入っているのは見逃せない。匡一という名前は論語の「天下を一匡す」から名付けられた。乱れた状態をあるべき正しい姿に戻すという意味である。その名のとおり、江頭匡一は一つひとつを疎かにせず、日々問題を解決し、正しい姿に戻していこうとする人生行路だったのであろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月12日 ペギー葉山(女性歌手、タレント)
すべてが、つながっているんですよ。、、、私の人生って、『歌の扉』があって、それを開けると、また次の『歌の扉』があって、という、そういう運命的な歌の神様に導かれたような気がするの ペギー葉山(ペギーはやま、本名:森 シゲ子(もり しげこ)旧姓:小鷹狩(こたかり)、1933年12月9日 – 2017年4月12日)は、日本の女性歌手、タレント。 歌は慰みである。歌は励ましである。歌は教育である。この歌を歌うことを仕事にして多くの人の心に灯火をつけたペギー葉山は、「とても幸せな人生だったんだな」と述懐している。私たちの人生行路にはいくつもの大小の扉がある。その扉を思い切って開けると違う世界が目の前に広がる。その連続が人生ということになる。後から振り返ってペギー葉山が言うように「すべてが、つながっている」と思えるようなら、幸せな人生だったということだろうか。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月11日 高橋圭三(日本のアナウンサー、参議院議員)
管理職になってハンコなんか押せない。ハンコは誰でも押せるが、職人アナの代わりはいない 高橋 圭三(たかはし けいぞう、1918年9月9日 – 2002年4月11日)は、日本のアナウンサー、参議院議員。 1962年の NHKとの契約解除後、民放に転じたNHKアナウンサーがフリーになった第1号となった。冒頭の「職人アナ」はその時に語った言葉である。日本では司会は場つなぎの仕事であるが、アメリカでは大切な職業として認知されており、日本における司会業の確立が高橋の夢であった。強い矜持を持っていた高橋圭三アナウンサーは職人アナウンサーのパイオニアとして、後輩たちの優れたモデルになった。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月10日 菅洋志(写真家)
一番高いところ、一番前など、見晴らしの良い場所を確保し、シャッターを押す 菅 洋志(すが ひろし 1945年7月9日−2013年4月10日)は、写真家。 1987年に「バリ・超夢幻界」で土門拳賞。写真展「生きる—東日本大震災から一年」の実行委員長を務めた。日本写真家協会常務理事。 写真集『アジア夢紀行』を発表したのは1987年で菅は42歳あたりだ。「堂々と写真を撮り、そして納得のいくところで発表をしたい」と決意を述べている菅は、仕事と私事の双方を意識していた。私事には「ライフワーク」と振り仮名を振っている。このエッセイの最後は「さあ、ドキュメンタリーが面白い時代になってきたぞ」と結んでいる。それから四半世紀、菅洋志は67歳で逝った。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月9日 村田邦彦(ピエトロの創業者)
泥船を木船に、木舟が鉄船になるようにやってきました 村田邦彦(1941年7月10日−2015年4月9日)は、福岡県福岡市中央区天神に本社を置く日本の食品メーカーならびにファミリーレストラン株式会社ピエトロの創業者。 創業から36年、いつ沈むかという不安の中を全力で疾走した村田邦彦は、泥で何とかつくった船をややしっかりした木の船に仕立て、その木の船を頑丈な鉄の船に仕上げていったのである。この感覚は創業者の実感だろうが、私が経験した沈滞した組織の改革に挑む時も、衰退した組織の再建に挑戦する場合も、泥、木、鉄というように精魂込めて船をつくるような同じ感覚があった。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月8日 清家清(建築家)
家とは単なるハウスではなくホームであるべきだ 清家 清(せいけ きよし、1918年12月13日 – 2005年4月8日)は、日本の建築家。 「漢字には、住まいを指すのに二つの文字がある。すなわち『宅』と『家』である。この場合、『宅』はハードウェアとしてのハウス、『家』はソフトウェアとしてのホームにあたる」。だから清家は路上生活者のことを、ホームレスというが、厳密にはハウスレスというべきであろうと言っている。「よい家とは、お金をかけるだけではなく、本当に末永く愛着をもって住めるかどうかがキメ手なのである。ひとつひとつの部屋や場所にいるとき、この部屋で育ってきた、私はここを使って生活してきたのだ、と実感できるもの、そういうものがかもしだす生活のにおいが、われわれにやすらぎを与えてくれるのである」。容れ物としてのハウスを手にすること、そしてそれ以上に安らぎを与えてくれるホームをつくることにも力を注がねば幸せには届かない。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月7日 岸田衿子(詩人,童話作家)
本の中のものと子どもが遊んでくれればいいといつも考えている 岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年1月5日 – 2011年4月7日)は、日本の詩人・童話作家。 岸田衿子の詩はリズム感のある優しい詩で大人のファンも多く、茨木のり子と並んで現代女性詩人の最高峰だった。そして子ども時代そのままの感性で、親子のコミュニケーションを通じて、子どもの情操や想像力を育てる童話を書き、子どもたちに語りかけた。ピアニストや画家を志した表現者の少女は、詩人・童話作家となった。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月6日 原田明夫(検事総長)
起こったことは仕方がないのだから、そのことを前提に最善を考えよう 原田 明夫(はらだ あきお、1939年11月3日 – 2017年4月6日)は、日本の検事総長。 原田明夫は、検事として、取り返しのつかない人生を送りかねない人に向き合ううちに、「起こったことは仕方がないのだから、そのことを前提に最善を考えよう」という心境に至った。国際社会で活躍し尊敬を集めた新渡戸稲造という先達と対話し続け、どのような存在をも認めた上で争いのない社会にするために最善を考えようしたのであろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月5日 升田幸三(将棋棋士)
天下をとれる人というのは、結局、最上のコンディションをその日にピタリと持ってゆくことの出来る人、ということです 升田 幸三(ますだ こうぞう、1918年3月21日 – 1991年4月5日)は、将棋棋士。実力制第四代名人。 スポーツもそうだが、勝負というものは本番の前に勝敗は決している。体調を整え、心の調子を整えて、心身を最高の状態に持って行き、磨き抜いた技を存分に発揮できるものが勝つのだ。どの分野でも「天下人」とはそういう人である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月4日 佐々木高明(民族学者)
照葉樹林文化論 佐々木 高明(ささき こうめい、1929年11月17日 – 2013年4月4日)は、日本の民族学者。国立民族学博物館館長。 この佐々木らの理論は『文明の生態史観』とともに、西洋を相対化するという視点で、戦後の日本人に自信を持たせたのである。『文明の生態史観』は西洋と日本は親せきであるとしたが、『照葉樹林文化論』はアジア世界の中に日本を位置づけた。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月3日 菊村到(作家、小説家)
仕事をするということは自分を開発し発見していくことに他なりません 菊村 到(きくむら いたる 1925年5月15日 – 1999年4月3日)は作家、小説家。本名は戸川雄次郎。 1948年、大学卒業と共に読売新聞社へ入社。社会部の記者として活動する傍らで執筆活動を行う。 仕事は全力を注がなければ成果はでないから、いい仕事をしている人は自分の中の資源を開発している人であり、日々新しい自分を発見し続けている人である。菊村到は小説を書き続ける中で、自身の関心や興味のありどころを発見し、能力を確認し、それを天命として受け入れていったのだ。自己発見とは、自己開発、自己創造していく道程の末にようやく見えてくるのものなのだ。そうして、やがて自分は本当の自分になる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月2日 越後正一(実業家、伊藤忠商事社長・会長)
成功は窮苦の間に芽生えており、失敗は得意満面の間に宿る 越後 正一(えちご まさかず、1901年(明治34年)4月26日 – 1991年(平成3年)4月2日)は滋賀県出身の実業家。伊藤忠商事社長・会長。 越後以後の歴代社長の語録を並べてみる。戸崎誠喜「不撓不屈」。米倉功「現状維持は、すなわち、これ脱落である」。室伏稔「Nothing is impossible」。丹羽宇一郎「清く、正しく、美しく」。小林栄「Challenje,Create,Commit」。 以下、岡藤正広、鈴木善久と続くのだが、2016年3月決算では、伊藤忠は財閥系の三菱商事、三井物産を抜いてトップに立った。2017年3月には純利益3522億円の最高益をたたき出した。越後正一の「失敗は得意満面の間に宿る」という戒めに改めて心すべき時代になったということだろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
4月1日 大川ミサヲ(長寿の日本人女性)
まあまあ幸せ 大川 ミサヲ(おおかわ みさお、1898年(明治31年)3月5日 – 2015年(平成27年)4月1日)は、長寿の日本人女性。 19世紀、20世紀、21世紀の足掛け3世紀を生きた人。 大川ミサヲは長寿の秘訣を聞かれて、「美味しいものを食べること」「ゆっくり暮らすこと」「よく寝ること」をあげている。大川の日常そのままだ。19世紀末の明治から始まり、大正、昭和、戦後、平成、そして21世紀初頭までという気の遠くなるような117年の人生には、並大抵でない苦労があっただろうと推察される。人生を振り返って「まあまあ幸せ」と総括していることに安堵を覚える。平成末になって言われるようになった、迫り来る人生100年時代にも多くの人がこの言葉を吐けるようにしたいものだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月31日 六代目 中村歌右衛門(歌舞伎役者)
謙虚さをなくしたら芸はダメ 六代目 中村 歌右衛門(なかむら うたえもん、1917年(大正6年)1月20日 – 2001年(平成13年)3月31日)は、日本の歌舞伎役者。 偉人たちは切磋する敵、琢磨する友によって偉大になっているのであるが、このような優れた好敵手、異業界のトップとの切磋琢磨によって、中村歌右衛門は磨かれたのだ。歌右衛門は「謙虚さ」を武器に、ライバルや友人から学び続け「芸」を磨き続けたのであろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月30日 佐藤忠良(彫刻家)
底光りするような個性というものは、競技者が一番でゴールに入るときの鍛錬にも似て、作家人生の終盤に出るのが本当ではないだろうか 佐藤 忠良(さとう ちゅうりょう、1912年7月4日 – 2011年3月30日)は日本の彫刻家。 「彫刻家と人が認めてくれたとき、五十歳を越えていた」遅咲きの人・佐藤忠良は強い浮揚力で滑走路に足がつかないように低空飛行を長い期間続け、作家人生の終盤にようやく底光りする個性と品格を表現できたのだろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月29日 成毛滋(ギタリスト、キーボーディスト)
日本のインチキギタリストは、、、 成毛 滋(なるも しげる、1947年1月29日 – 2007年3月29日)は日本のギタリスト、キーボーディスト。 同時代のギタリストを「インチキギタリスト」と厳しく批判するなど、人をけなす言い方は名物だったようだ。当時のギターの教則本を真っ向から否定していた挑戦的な人だった。成毛滋は誰も反論できないほどの膨大な知識とたゆまぬ努力の末に得た高度なテクニックを持つ伝説のギタリストだった。専門分野について、表現はともかくこういう言葉を吐ける自負を持ちたいものだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月28日 氏家齋一郎(実業家)
70年以上生きてきて、何もやってこなかった男の寂しさが分かるか 氏家 齊一郎(うじいえ せいいちろう、1926年(大正15年)5月17日 – 2011年(平成23年)3月28日)は、日本の実業家。 外見には立身出世を果たしてきたとみえる氏家は、「この世の中で大成した人で、人騙して上がってきたっていう人いないもの」と言う。そして意外にも「俺の人生、振り返ると何もやっていない」「死ぬ前に何かやりたい、、、」と語っている。刹那主義で目前の課題の解決や闘いに勝ち続けて来たが、しかし何も残せなかったと振り返る寂しい姿がみえる。氏家には自らの存在証明としてのライフワークがなかったのだ。最後は、氏家は共産主義者の匂いの残る高畑勲監督の『かぐや姫』に日本テレビの20億円を注ぎ込み、製作=氏家齋一郎と書き込んだ。それが残った。人は何を遺すかを考えなければならない。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月27日 朝倉摂(舞台美術家・画家)
劇場空間は生き物なのです。それに応えるべく、劇場空間が喜んでくれるような仕事に挑みたいといつも思っています 朝倉 摂(あさくら せつ、1922年7月16日 – 2014年3月27日)は、日本の舞台美術家・画家。父は彫刻家の朝倉文夫。妹は彫刻家の朝倉響子。 若い頃から一貫して、「芸術家の行為はレジスタンスです」、「すべてに闘わないとだめ」といった姿勢を貫いた朝倉摂は、常に若々しいエネルギーに満ちた前衛の人であった。草分けとなった舞台美術という分野を創り上げた朝倉摂は、生涯現役で、生き物である劇場を喜ばせる仕事を天職としたのである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月26日 山口誓子(俳人)
私はただ事に当って全力を尽くしただけのことである 山口 誓子(やまぐち せいし、1901年(明治34年)11月3日 – 1994年(平成6年)3月26日)は京都府出身の俳人。 57歳では、なりたい職業はなかったが、「ただ事に当って全力を尽く」すという態度を貫いた結果、俳句につながる現在の職業が、うってつけの職業になったと語っている。ここに天職への扉を開く秘密がある。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月25日 田村魚菜(料理研究家)
料理或いは食べ物、というレンズのフィルターをつけて歩いてきた 田村 魚菜(たむら ぎょさい、1914年11月23日 – 1991年3月25日)は、料理研究家。 田村魚菜のいう、その人独特のレンズのフィルターとは専門性のことである。職業人とは、長い間に身につけた独特のフィルターで世の中を見る人である。損害保険のトップ企業の幹部の方と食事をしたとき、世の事象をすべてリスクという観点から見ていて敬服したことがある。学校歴という意味での学歴ではなく、生涯を通じての学習の歴史である学習歴が重要であることが田村魚菜の人生からもみえてくる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月24日 田村喜子(ノンフィクション作家)
「方」がつくのは偉いのよ。だって、「親方」と「奥方」には頭があがらないでしょ 田村 喜子(たむら よしこ、1932年10月25日 – 2012年3月24日)は、日本のノンフィクション作家。 土石・木材・鉄材などを使用して、道路・橋梁・鉄道・港湾・堤防・河川・上下水道などを造る建設工事を行う地味な技術者は、「土方」と呼ばれることがある。冒頭の言葉は、その一人である苦瀬博仁(東京海洋大学教授)を田村喜子がユーモアを交えて励ました言葉である。「家」がつく偉い人よりも、現場に立ってものづくりを行う技術者たちは励まされて土木学会の賞を贈られたのであろう。この賞は、その後、八田與一を書いた古川勝三、伊能忠敬を書いた井上ひさし、ローマ人の物語を書いた塩野七生などが受章している。2010年に出張で台湾の八田ダムを訪問したときに私が読んだ古川勝三の本がこの賞を受賞していたことを思い出した。その第一回受賞者が田村喜子だったのだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
3月23日 大橋鎮子(編集者、エッセイスト)
私は『暮らしの手帖』一冊全体を『戦争中の暮らしの記録』だけで作りましょう、と提案しました。臨時増刊、特別号、単行本などにするよりも、定期の『暮らしの手帖』に載せたほうが、よりたくさんの人に手に取ってもらえ、読んでもらえる。しかも、雑誌もよく売れ、営業的にプラスになると思ったからです 大橋 鎭子(おおはし しずこ、1920年3月10日 – 2013年3月23日)は、日本の編集者、エッセイスト。暮しの手帖社社主・社長。雑誌『暮しの手帖』を創刊した。 冒頭の言葉は、大橋鎮子がヒットを生む企画力と時代をつかむ営業力を兼ね備えた経営者であったことをうかがわせる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB